
小学校5年生の終わり、私たちはそれまで住んでいたマンションを出て、猫の餌やりに行っていた母の知人の家に引っ越した。知人が出ていったあと借家として貸りた古い一軒家。
そこが私たちの新しい「家」となった。
環境が変わっても、母の理不尽な支配が変わることはなかった。それどころか、私が成長するにつれて、その暴力性はエスカレートしていった。
母が怒るたび、私の部屋はこれ以上ないほどぐちゃぐちゃに荒らされた。
大好きだったスターのカレンダーはビリビリに破り捨てられ、学校の思い出が詰まった、世界に一冊しかない「小学校の卒業アルバム」は、庭で炎に包まれ、黒い灰に変わった。
だが、母の怒りの矛先は、私の「物」だけでは済まなかった。
「母が買い与えた布団で寝させるわけにいかん!罰として庭の草むしりが終わるまで家の中に入るな!」
そう怒鳴られ、夜中から朝まで、一人で広い庭の草むしりを強制されたことも度々あった。
さらに、母の機嫌を損ねたある夜、信じられない言葉を叩きつけられた。
「今着てる服は母が買い与えたものや!全部脱げ!裸で外に立っとけ!」
全て脱ぐことを強制され、全裸のまま、夜の屋外へ放り出された。
高い塀で仕切られているため、外から誰かに見つかることはない。暗闇の中、一歩間違えれば他人に通報される恐怖と、冷たい夜気に晒される恥辱。私はただ、自分の体を小さく丸めて、朝が来るのを待つしかなかった。
「働かざる食うべからず」
母はその言葉を免罪符に、私に3日間の「ご飯抜き」を命じた。
空腹と疲労が限界を超えた3日間の夜。
その日も外に閉め出されていた私は、ついに意識を失い、庭の冷たい地面に倒れこんだ。
━━朝になり、目が覚めたとき、私はまだ同じ場所に倒れていた。
意識不明の娘を前に、長い夜の間、様子を見にくることすらなかったのだ。自力で目を覚まさなければ、私はそのまま死んでいたかもしれない。
そんな地獄のような環境のまま、私は中学3年生になった。そのころ再婚をした母のお腹に小さな命が宿り、15歳年下の妹が生まれ、ヤングケアラーになった。
そして、高校受験を選ぶ余地はなく、進学ではなく「働くこと」を選んだ。
今思うと、「働いて家庭を支えて欲しかった」のだと思う。
母が職安で見つけてきた地元の工場。中学を卒業したばかりの15歳の私は、そこに勤務することになった。
それまでにいくつか面接を受けたところの一つに、スナックもあった。もちろん「未成年だから成人してからまた来てください」と当然のお断りをされ帰されました。
工場勤務の月額は15万円。15歳が朝から夕まで必死に働いて稼いだお金。
だけど、その給料袋はそのまま母の手へと渡った。私に渡されたのは、お小遣いとしての、5000円。そこから通勤の原付のガソリン代を出し、さらに母が怒るたびに「罰金」としてむしり取られた。私のお財布は、いつも空っぽだった。
それでも、当時の私はこう自分に言い聞かせていました。
「受験して学校に行くより、人より先に社会に出て、働いてお金を得る方が良いんだ」と。
そう思わなければ、自分の境遇に心が完全に壊れてしまうとわかっていたから。
自分の感情も、思い出も、人としての尊厳すらすべて奪われた状態で、私の10代はただ、淡々と、すり減るように過ぎていった。
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➡【第3話】[もう無理やねん」━━全財産で乗り込んだ夜行バスと、手に入れた城。