
夜中に外に放り出されることなんて、当時の私にはもう日常茶飯事だった。その日も閉め出されていたけれど、私の心は不思議と冷静だった。「もう平気だ」とすら思っていた。
なぜなら土曜日は、母が彼氏の家に泊まりに行き、翌朝まで帰ってこないことは毎週だったから。その日もそんな日だった。
(今日しかない、今しかない!)
私は、家の中には入れてあげられないけど心配で外に出てきた1歳年上の姉に、こう告げた。
「もう無理やねん」
それが私が家族に放った最後の言葉だった。まだ幼い妹と、お姉ちゃんをあの家に残していく罪悪感がなかったわけじゃない。だけど、ここにいたら私は本当に死んでしまう。「一緒に頭下げてあげるから」と大泣きする姉。
この人は大丈夫だ、お付き合いしている彼がいる、妹も大丈夫だ、溺愛されてる。
私の心の味方は、家の中にも、外にも誰一人いないのだ。信頼できる見方が、誰一人この世に居ないのだ。
私はそのまま、夜の闇に紛れて家を飛び出した。
向かったのは、少し離れた百貨店が終点になる夜行バスの乗り場。財布の中にある、なけなしのお金をすべてはたいて、切符を買った。全財産を使い果たした。でも、後悔はなかった。バスのシートに深く体を沈めた時私は、人生で初めて「自分の意思」で一歩を踏み出したのだ。窓に映る自分の姿を見つめた、その表情は不安ながらも誇らしげでもあった。
翌日、私は当時新しく働いていたパチンコ店に、何事もなかったかのように普通に勤務した。そして数日後、これ以上勤務先に迷惑かかると申し訳ないので、店長に事情を説明して退職を願い出た。そこで少しだけ、これまでの給与を渡してもらった。
携帯電話すら持っていなかった私は、誰とも繋がっていない状態だった。母が私を探しているのかすらわからない。家を出てから人目を避け野宿同然だった私の、心身の心配をしてくれた職場の優しい先輩が「うちに泊まりなよ」とかくまってくれた。数日間お世話になり、人の優しさが、血まみれの心に染み渡った。
けれど、いつまでも甘えているわけにもいかない。それに、ここにもいつ親が見つけにやってくるかもわからない。
私はコンビニへ行き、夜の仕事や求人雑誌を読んだ。目に入ったのは、「寮完備」のバイト先。
これしかない!と思った。
すぐさま近所の公衆電話に駆け込み、10円玉を握りしめてアポを取った。
そのまま面接へ向かい、結果は即採用。
家を出てからわずか1週間後。私は自分の力で、誰の目も届かない安全な「住処(すみか)」を手に入れたのだ。鍵のかかる、自分だけの部屋。母の罵声も、夜中の草むしりも、理不尽な罰金もない、私の新しい城。
こうして私は、22年間に及ぶ「呪縛からの完全克服」への、最初で最大のスタートラインに立った。
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➡【第4話】「普通の女の子になりたい」━━再び始まった呪縛と、200万円の代償。