
こんばんは!ははまるです。
私の半生を綴ったブログ小説『あの日の罵声はもう思い出せない~毒親育ち22年の軌跡~』が、無事に完結を迎えました。まずは、この長いストーリーを最後まで、あるいは途中のどこかで目を止め、時間を割いてくださったすべての読者の皆様に、心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
この小説は、私自身が「毒親」という環境の中で育ち、もがき、苦しみながらも、自分自身の足で歩きだすまでの22年間をベースにした物語です。書いている途中は、忘れていたはずの過去の記憶が蘇り、胸が苦しくなる瞬間が何度もありました。
しかし、それ以上に「届いてほしい」という強い願いが、私を突き動かしていました。
今回は、完結の節目として、この物語に込めた想いと、読んでくださった「あなた」へどうしても伝えたかったメッセージを、エッセイとして書き残したいと思います。
なぜ、私は「毒親育ち」の過去をブログ小説に書き始めたのか
世の中には、あたたかい家庭で何不自由なく愛されて育つ人がいる一方で、幼少期から親の顔色を伺い、理不尽な罵声に怯えながら育つ人がいます。
「毒親」という言葉が定着して久しいですが、その実態や、子供が受ける精神的なダメージの深さは、当事者にしかわからない孤独を伴います。
わたしがこの小説を書き始めた理由は、大きく分けた2つあります。
1.過去の自分と同じように「自分が悪い」と責めている人を救いたかった
毒親育ちの多くが抱える共通の苦しみに、「機能不全家族で育ったのは、自分の努力が足りないからだ」「親を愛せない自分は異常なのではないか」という自責の念があります。いわゆるアダルトチルドレンの生きつらさです。
私自身、22歳でその環境から脱却するまで、ずっと自分を責め続けて生きてきました。だからこそ、今まさにその渦中にいる人や、大人になっても過去も呪縛から逃れらずにいる人に、「あなたは絶対に悪くない」と文字を通じて伝えたかったのです
2.記憶を言葉にすることで、自分自身の「毒親の呪縛」を昇華したかった
もう一つの理由は、私自身のデトックスです。過去のトラウマや、耳の奥に残る「あの日の罵声」を文字として客観的に吐き出すことで、自分の中で一つの区切りをつけたいという思いがありました。書き終えた今、タイトル通り「あの日の罵声はもう思い出せない」と言えるくらい、心の中のトゲが丸くなったのを感じています。
「あの日の罵声」を乗り越えた先にある、これからの生き方
22年間の軌跡を振り返り、毒親から物理的・精神的に距離を置いたことで、私の人生は劇的に変わりました。
もちろん長年植えつけられた「自己肯定感の低さ」や「他人の顔色を伺う癖」が、一朝一夕で完全に消え去るわけではありません。ふとした瞬間に、過去のネガティブな感情が顔を出すこともあります。
しかし、今の私には「自分で自分の人生を選んでいる」という絶対的な自由があります。誰に怯えることもなく、自分が着たい服を着て、行きたい場所へ行き、大切にしたい人と過ごす。そんな当たり前の日常が、どれほど愛おしく、価値のあるものかを噛み締めています。
毒親の呪縛を解くということは、親を変えることでも、親を許すことでもありません。「親の評価軸」から完全に抜け出し、「自分の人生の主役」を取り戻すことです。
最後に:今も生きづらさを抱える「あなたへ」
もし、このブログを読んでいるあなたの中に、まだ「過去の罵声」や「家族のトラウマ」に苦しんでいる方がいたら、これだけは覚えといてください。
あなたの人生は、あなたのものです。親のものでも、過去の傷跡のものでもありません。あなたが幸せになるために、誰の許可もいらないのです。
私の22年の軌跡を描いたこのブログ小説が、あなたの心を縛る鎖を少しでも緩める道具になれたなら、作者としてこれ以上の幸せはありません。
改めまして、小説「あの日の罵声はもう思い出せない~毒親育ち22年の軌跡~」読んでいただき、本当にありがとうございました。
皆様の明日が、今日よりも少しだけ優しく、穏やかな光で満たされることを、心より願っています。
また次の記事や、新しい物語でお会いできる日を楽しみにしています。
感謝を込めて。
ははまる